組織で働いていると、上司から「なんでできなかったんだ?」とか「いいから数字取って来い」だとか言われる方も多いと思います。仕事の場面以外でも、学生ならテストで悪い点を取って「本当に勉強したの?」と言われた経験を持っている方もいるでしょう。
どうしても結果が悪いと叱られたり、文句を言われたりというのが蔓延しがちです。
本人はがんばっていたはずだったり、必死になって練習してきたのに、結果が悪ければ怒られてしまう。理不尽さを感じるかもしれないですが、よくあることではあります。
では、なぜ結果論がここまで蔓延してしまうかを考えてみたいと思います。
第三者は結果からプロセスを判断する。当事者はプロセスから結果を求めていく。
いきなり結論からになりますが、その出来事を直接行っていない第三者にとっては判断できる材料は結果がほとんどになります。プロセスについても全て見ていないというわけではないですが、どういう結果になったかを見て、なぜその結果になったのかを分析していきます。良いことが起きた時も、悪いことが生じた時も結果からプロセスを分析していくという流れはほとんど変わりません。
良いことが起きたらなぜ良かったか。悪いことが起きたらなぜ悪かったかを見てしまう。
何か良いことが起きた場合のことを考えましょう。
例えば、営業マンが契約を1つ取れた時のことを考えます。その場合、営業が取れたという結果から、なぜその契約に至ったかを考えます。契約に至る理由も複数あるでしょう。プレゼン資料が良かった場合もあれば、交渉の中で相手に合わせたプランを提供できたこともあるかもしれません。フォロー体制がしっかりしていたことも要因でしょう。こんな感じで成功した要因を探し出していきます。
大事なことは、良い結果が生じたら、プロセスとしてなぜ良い結果が生じたのかを見ていくことになります。ところが、実際に契約を取る過程には契約に至らない可能性もあったはずです。例えば、営業マンの説明が不足していたとか、商品に納得いかない部分があったなどです。でも、それら負の側面があったものの、契約に至ったというのが現実かと思います。
何か結果が起きてしまうと、その結果に至ったプロセスだけを強調して見てしまい、逆にプロセスの中で結果には至らなかった要因を省いてしまいます。
これらをまとめるとプロセスには4つの組み合わせができるでしょう。
- 良い結果を目指して行動して、結果的に良い結果をもたらす
- 良い結果を目指して行動するも、結果的に悪い結果になってしまった
- 悪い結果につながりかねないものだったが、結果的に良い結果になった
- 悪い結果につながりかねないもので、結果的に悪い結果につながってしまった
これで言えば、普通は1と2は良いプロセスを踏んでいるので、評価されるべきですが、人は結果から判断してしまうので、実際に評価されるのは1と3が多いでしょう。3はまさに結果論で良かっただけですが評価は良いものになりえます。
これで言えば、2のパターンが結果論で叱られるパターンになりますね。
成功を目指した行動でも好結果をもたらすものも悪い結果をもたらすものもある
何か目的があった場合、その人の行動はもちろん目的を満たすために行動します。ただ、具体的にどんな行動をすればいいかは結果が出ていない時にはまだわかりません。営業の例で言えば、ある得意先には通用した作戦が、別の得意先には通用しないということもあります。もちろん目的を果たすための行動なので、初めから失敗しようと行動を起こす人は稀でしょう。成功しようと思ってアクションを起こすのですが、それが実は失敗につながってしまったということは皆さんも経験があるのではないでしょうか。
人は成功を目指したはずの行動が失敗につながる大きな要因になるのです。
ちなみにその先もあって、成功しようと思って結果的に失敗した。でもその失敗からさらに大きな成功を掴む、ということもありえます。「失敗は成功のもと」と言われますが、失敗から何を学ぶかというのが人生においては大事なんでしょう。
結果論
さて、結果論の話に戻ります。人はなぜ結果論で語ってしまうのでしょうか。最初に考えておきたいのが、結果論で語る場合はほとんどが失敗したケースです。というより結果論というワード自体にネガティブなイメージがあります。結果論で叱られる経験はあっても、結果論で褒められるということはあまりないかと思います。
「何で〇〇しなかったんだ!」とか「俺だったら△△していたけどな」とか言われた経験もあるのではないでしょうか。
なぜこう言われるかというと、序盤にも書いたようにプロセスは判断しにくいからです。そもそもプロセスだけではそれがうまくいくか判断できない。だからプロセス自体を見ようともしない人も出てきます。そして第三者からでもわかる結果から判断する。こっちの方が正しく判断ができてしまいます。
先ほどの4パターンで言えば、2が結果論で叱られるパターンです。このパターンの嫌なところは、必死に好結果をもたらそうとしたプロセスを説明しようとしても、それが言い訳だと捉えられる点です。
何せプロセスは判断しにくいわけです。それが成功するのか失敗するのかわからないわけですから。それに対して結果は目に見える成果として表れます。第三者からでも結果はわかりやすいものになります。
となると、人は成功・失敗がわかりやすい結果から判断しようと思ってしまいます。
どれだけプロセスを説明しようとしても結果がついてこないと「言い訳するな」と怒られてしまうものです。
また、繰り返しになりますが、プロセスは判断しにくいので、プロセスが良かったかどうかも結果から判断されやすいです。
特にスポーツの世界ではそうですが、どんなに良いプロセスを踏んでいたとしても結果が悪ければ、プロセスを否定されてしまいます。というより、プロセスの中で悪い結果になったものがフィーチャーされてしまうという方が正しいでしょうか。
逆に結果が良ければ、プロセス内に多少まずい点があったとしてもそこはあまり触れられず、なぜ好結果になったのかが注目されます。
特にサッカーW杯や野球のWBCなど、大きな大会では、結果からプロセスの良し悪しを判断されます。勝ち負けにはいろいろなプロセスがあるはずですが、そのプロセスを結果から良いプロセスか悪いプロセスか判断されます。活躍した場合は、なぜ勝てたのかという観点から勝ちに至ったプロセスを探します。負けた場合は、なぜ負けてしまったのかという観点から負けにつながるプロセスを探します。
結果を出すことが大事。でもプロセスも振り返っておきたい
以上を踏まえると、世の中で大事なことは、とにかく結果を出すことです。どんなに良いプロセスを踏んでも結果が悪ければ良い評価につながらないことが多いです。でも結果を出せばプロセスに多少まずい点があっても、そのまずいプロセスには目を向けられないことが多いです。まず、大事なことは結果を残すことでしょう。
その一方で、自分の中でプロセスの振り返りをしておくことは大事でしょう。なぜなら、結果はプロセスから生まれるものだからです。成功した案件でも悪い結果をもたらしかねないプロセスがあった場合には、次回それをどうすればなくせるかというのは考えるべきです。結果を出すことは大事なのですが、結果を出すためには、良いプロセスを踏んでいくことが最も重要で、プロセスの改善は必要不可欠なのです。
今回書いているように、プロセスは評価とはつながらない可能性もあります。でも大事な結果を残すためには、結局評価には繋がりにくいプロセスを良いものにしていかないといけないのです。
評価はされないかもしれない、でも自分の中でプロセスを改善していく、良いものにしていくと続けていくことで、結果がついてくる可能性を高めていく。社会で生きていくためにはこれが求められているのではないでしょうか。
終わりに
というわけで、結果論について書いてみました。結果論はムカつくことも多く、プロセスなんてどうでもいいと考えがちですが、でもプロセスも大事になってきます。第三者からの結果論と共に、自分の中でのプロセスの評価もしていけるようになるといいですね。
今回のまとめ
- 第三者を説得するのに一番良いのは結果を出すこと
- プロセスは評価されにくいし、プロセスの説明は言い訳と思われやすい
- でも良い結果を出すにはプロセスを改善することが必要不可欠
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