夕方、とあるカフェに入る。チェーン店でどこにでもあるカフェだ。駅前ではあるけどややメインの出口ではなく、裏口にあるので、あまり人が多い店ではない。入った時には5人しかいなかった。
OLっぽい女の人。カップルで来ている大学生らしき2人組。そして、もう1組が同じく男女の2人組だ。OLっぽい人やカップルは至って普通だ。気になったのはもう1組。明らかに昔から仲良い感じではない。男の方は26〜27あたりだろうか。会話を聞いているとそんな感じ。女の子の方は、25歳らしい。
なにせ人が少ない上にその二人組の近くに座っていた結果、その二人の会話がよく聞こえてきた。特に男の方が声がでかかったのでよく声が聞こえる。座ってから数分ぐらいで何の話かわかった。
あぁ、ネットワークビジネスか
そもそもカフェに着いてすぐぐらいからの会話からして怪しかった。お互いに知り合いでもないし、女の子の友達から紹介で男の方に会っているらしい。紹介といっても彼氏としての紹介にしては随分と会話が変だ。やたら男の方が夢を語っているし、女の子の仕事の不満を聞いて、それで本当に満足できる人生なの?と問いかけていた。
「俺は本当に楽しいものを見つけた」
「本当に尊敬できる人に出会った」
「自由な生活するには必要なもの何かわかる?」
「今は派遣の仕事もやっていけるけど、そんなのはした金になるようなものを見つけてしまった」
とにかく、男が豪語する声が響き渡る。その声を聞いていて、僕は「あぁ」とわかった。「なんだ、ネットワークビジネスか」と。
社会人になって数年経った人であれば一度くらいはネットワークビジネスの勧誘を経験したことがあるだろう。突然昔の友人から電話で、「久しぶりに会わない?話したいことがあって。」みたいにかかってくるやつだ。そこでカフェに連れて行かれて説明を受けたり、人によってはセミナーに連れて行かれたりするやつだ。たいていは電話してきた友人が最初だけ説明してその後は別の人から説明を受けることが多い。第三者から話をすることでより説得力が増すし、そもそもその第三者が凄いんだって説明を友人から受けていることが多い。この第三者がネットワークビジネスのピラミッドの上位に当たる人物なのだ。
今回のケースでは、3人で出会ったわけではなく、女の子は友人の紹介でその上位の人(男)と2人で話していたんだろう。予定もあったので最後まで聞いたわけではなく、僕は途中で立ち去ったのでその2人が結果どうなったかはわからない。ただ、女の子が明らかに興味を示していなかったし、「別に話を聞きたいと思わない」という態度だったので、おそらくは失敗しただろう。まぁその方が賢明な判断だと思う。
ネットワークビジネスはなぜ嫌われるか
ところで、ネットワークビジネスはなぜここまで嫌われるのだろうか。よくよく考えると仕組み的には割とよく見る仕組みだ。そもそも保険などの代理店だって、代理店の人は他者が作ったものを代わりに別の人に売っているだけだ。
ただ、ネットワークビジネスの場合、大きく違うところがある。それは個人でやっていて、友人にものを売りつけている点だ。
というと、別に個人事業主なんてネットワークビジネスの他にもたくさんあるだろうというかもしれない。例えば、代理店であれば個人事業主であろうと顧客を見つけてくる。普通、顧客は第三者である。友人に売ることは多くはない。とはいえ、友人に売りつけることはないとは言えない。例えば、「ノルマがあるからこれ買ってほしい」とか「ごめんけど今月数字厳しいからなんとかこれ買って」みたいに友人に声をかけられたことがある人もいるだろう。
とか、近所の八百屋さんから「これ買って行ってよ」みたいに声かけられて買うこともあるだろう。これだって個人事業主である八百屋さんから個人に売買しているわけだから仕組みとしては同じだ。
でもネットワークビジネスがおかしい点が一つある。それはネットワークビジネスを紹介する人はその人に商品を売りつけているわけではない。商品だけでなく、自分の下に付けて、お前を使ってお金を稼ごうとしている点だ。
それまでの売買と大きく違うのは、普通は「これいい商品だから買ってよ」とか「頼むからこの商品買ってよ」であるのに対して、ネットワークビジネスは「この商品いいやつだからお前も買って、別の人にも売りつけてきてよ」という点だ。「商品買って」が主眼ではなく、「別の人に売りつけてきてよ」が主なのだ。しかもその「売りつけてきてよ」の理由は、「そうすれば俺にお金が入ってくるから」という理由だ。
ネットワークビジネスは悪く言えば、下の人間を「お金を永続的に運んでくれる便利屋」とみなしている。一般の人がこれを拒むのは、友人が自分のことを「お金を持ってくる便利屋としてあくせく働くやつ」だと思っていると感じるからだ。僕らが友人関係を作る時には、お金とか仕事の上下関係とかそういうのを関係なく友達としていたのに、向こうはその関係性を一気に壊そうとしている姿が嫌なのだ。
ネットワークビジネスを抜け出した友人
僕も過去にはネットワークビジネスの勧誘にあったことがある。そして、その勧誘してきた人の知り合いの人に話を聞くと、やはり周りの人にも同じように勧誘しているようだ。そこから勧誘してきた人とは会わないことが多い。そもそも社会人になってそこまで一緒にいる機会は多くはないし、そんな勧誘をされたわけだからそれ以降積極的に会いたいと思うこともない。
そんなわけで会うこともなく、会社にそのまま残っているのか、それともネットワークビジネスにはまってしまったのかわからなくなって数年が経つ。すると久々に勧誘してきた友人をお互い知っている人からこんな話を聞くことがある。
「そういえばあいつ、ネットワークビジネスもう辞めたんだって」
その話を聞くととりあえずはホッとする。「あぁ、良かった。とりあえず抜け出してきたんだ」と思う。そもそもネットワークビジネスで成功する奴なんてほんの一握りだ。勧誘時に言っていたように本当に自由な暮らしができるくらいネットワークビジネスで成功するなんて、野球でメジャーリーガーとして活躍するくらい大変だ。
そんなわけで大体の人はネットワークビジネスから足を洗うことになる。異世界に行ってしまった友人が僕らの住んでいる元の世界に戻ってくるのは嬉しいことだ。久しぶりに会ってみようとも思うわけである。
あの頃のままの自分たちとして、勧誘してきた友人とさらにその頃一緒にいた友人と出会い、久々に会う機会がある。そこにはネットワークビジネス界から戻ってきた、「懐かしいあいつ」との再会となる。
「良かった。これでもう元に戻ったんだ。」
友人一同安堵の気持ちになるのである。
でも『お前とはバツイチなんだ』
ところが心のどこかに引っ掛かる部分がある。何だろう。学生時代のあの頃のように、お金も地位も名誉とかも何も関係ないフラットな友人関係に戻ったはずだ。こうしてあの頃のような他愛もないことで盛り上がることだってできる。しょうもない話で盛り上がることほど楽しいことはないはずだ。
ではなぜ何か引っかかるんだろうとモヤモヤした気持ちを抱えていた。しばらく考えた結果、その理由がわかった。
「あぁ、あいつとは友人関係のバツイチだからだ」と。
そう、あいつは一回僕らを「お金を運んでくる便利屋」扱いしてきたんだ。そこで一旦そこまで培った友人関係は別れを迎えているんだ。そこで一回僕らは離婚したんだ。それが心の中に引っかかっているんだ。
ネットワークビジネスの勧誘がなければ、友人関係には別れはなかったはずだ。婚姻状態が続いていたはずだ。でもそれをあいつは破った。いきなり離婚届を持ってきたんだ。それが僕の心の中にモヤモヤと残っていたんだ。
今はもう復縁できた。あいつはもう別の世界の人間ではなく、元の世界の人間だ。でも俺とお前はバツイチだ。人間関係は一旦バツがついてしまったんだ。それはこれから先消えることはない。これから先、「あぁ、あいつとはバツイチだったな」と会うたびに思うわけだ。
そして、周りのみんなもそう思っているだろう。もちろん、すでに足を洗ったあいつだから、今更過去を振り返すことはないし、「なんであの時あんなことしたんだ?」なんて問いただすことはしない。過去は過去として過ぎ去っている。でもみんなあいつのことをこう思っているだろう。
「まぁでもあいつとはバツイチだな」と。
これからネットワークビジネスを始める人へ
社会人になると、これまで思っていたような人生とは異なることもたくさんあるだろう。
「俺はこんなことがしたいわけではない。」
「ここで働いていても何も楽しくない。」
「このまま10年、20年と同じ人生にはしたくない。」
そういう気持ちを抱くのはよくあることだ。今いる大人たちだって働き始めた頃はそう思ったことは何度もあるだろう。そんな気持ちを持っている時に、例のお誘いがやってくる。
「久しぶりに会わない?」
「面白いセミナーがあるんだ。」
「ちょっとあって欲しい人がいるんだ。絶対損はしないから。」
たいていの人はその誘いを断るだろう。でも中には思わずそっちの世界に行ってしまう人もいる。そのほとんどは数年経てばまた出所して、元の世界に戻ってくる。
「たとえ失敗しても別に今の生活に戻るだけならやってみようかな」
安易にそう考えてしまう人もいるだろう。でも出所してきた後、周りの人はお前のことをこう見ているぞ。
「お前とはバツイチだからな」と。
大人だからそれを蒸し返したりしない。あの勧誘のことは一旦水に流している。でも一旦ついてしまったバツは一生負わなければいけないんだ。
君は将来、友人関係にバツを付けたいか?もし、それが嫌ならその場でその勧誘は断ってきなさい。
今日もどこかのカフェでは勧誘が行われているだろう。別にダメなら今の生活に戻るだけだと考えてしまう人もいるだろう。その結果、そっちの世界の住人となってしまう。そんな人たちを見るとこう思ってしまう。
「あぁ、またバツイチが増えてしまったなぁ。このバツは一生消えないぞ。」
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なかなか読み応えがありました。